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MLF Hibの思い出
ちょっと長くなりすぎたので別エントリーとして投稿。

もうMLF Hibで遊んでいたのが1年前にもなるなんて、歳月の移り変わりの早さをしんみりと実感しました。ToA導入とRvRの減衰、Galahad/AlbからMorgan/Hibへの移住、Galahadへの出戻りとML/Artifactを揃えるまでの記憶を適当に振り返ってみました。
ToA導入後にGalahad Asia time RvRが完全に死んでしまった時期がありました。それでSN+HGのメンバーの一部は敵を求めてMLF Hibへ移住することに。その頃僕は所属していたギルドを2つ立て続けに辞めた後、長らくギルドタグ無しでずっと野良でやってて、RvRをやれるギルドを探していた状態。

当時JPNギルドの間ではRvRへの参加姿勢や、情報共有の仕方などを巡っての軋轢が相当ありました。それで、今までのギルド(まったりPvE寄り、固定RvRグループで出ることはまず無い)とは全く違うプレイスタイルのSN+HG(半固定gank groupが基本、連戦連勝だから情報流すよりも受け取る側)に入れてもらうのはちょっと抵抗があったわけです。

MLFで新規で始めるならチャンスかも!?と思って後を追うようにMLFでのギルドY E Sへ参加。クラスもDruidが足りないということだったからDruidで作り直し。

Y E Sが活動していた2004年の1月〜3月の時代といえばちょうどToA装備が普及しだしてMaster Levelも4 5 6 7 8と終わらせていく人たちが出て来はじめた頃で、そんな時に4naturalist 4tanksのいわゆるHib TankishのSetupで熱い8vs8を求めてみんな50hitしていった訳です。

まだcast speedやresist pierceの上限が25%の時代です。それはそれはcasterが強かった。詠唱モーションすら壊れる最速castにresistをほぼ完全に無視したNukeの雨あられ。Tankもmelee damage / style damage / combat speed 25%まで行けたはずなので十分鬼になれたんだろうとは思うんですが、特にこの時期のpre-nerf ToA casterはアホみたいな殺しっぷりでした。MLF Hibはその頃ずっと3pow relic持ってましたし。

結局ここでもToAの壁は自分たちに立ちはだかり、やっぱりAnimistを誰1人として育成していなかったのもあってArtifact集めで散々苦労するハメに。特にBM陣は当時主流だったPierce(Thrust)ばっかりだったので、Spear of Kingsを毎日毎日毎日毎日狩り続けて結局1個しか出ないまま終わってしまったという鬱な記憶が思い出されます。Y E S頓挫最大の理由の一つはSoKでダルイ思いをしすぎた事のような気がする。今だったらBladeかCrushのBattler+Malice装備一択で、その二つはScrollは超高値でレアですが本体は100%ドロップだから揃えるのも楽だったはず。

僕のDruidはといえば、ソロで取ったKalare's NecklaceとSoKのついでに取ってもらったEgg of Youthの二つだけAritfactを装備していて、残りはToA Questアイテム主体で一応SC装備まで揃えてました。まだCloudsongよりはHealing Embrace Cloakの方がモテと思われていた時代でSC案もそれをふまえた物も準備していたのですが、このHealers Cloakも出ない出ない。Artifactのレベリングも個別にやる時代だったから、K-Neck(Statueを殺せ!)とEgg of Youth(Magical属性を殺せ!)の二つを同時にあげるため毎日毎日Volcanus町すぐそばの石像を殺す日々でした。Druidソロで。結局そのどちらもLv10になることは無かった訳です(遠い目

Y E Sが何故解散になったかというと、RvRがしたくて移住したMLFでも敵はToAに籠もるか引退かで思ったよりいなかった、いたとしてもガチでfg戦の相手となるようなグループが無かったというのが一つ。それにMLを終わらせたAlbがやっと出てきたと思ったらaddに次ぐaddでzerg状態だし、MidはFong Shen主体の2groupかEisen Heartz(spell?)の鬼強groupかの2択で、勝率がメチャメチャ悪かった。

当時ギルドでPop率の高かったのは僕(Druid)を含めてYokin(Druid)、Asuna(Bard)、Micchy(Eld→Bard)の4人で、今は無きTRUのAllyグループの余り枠に良く混ぜてもらってたからnaturailstばかり育つ結果となってしまい、全然tank陣が育たなかったというのが二つ目。Order of Zanshinとか、Kopi TiaM(Donatelo)、はたまたZedan/MTRグループにも混ぜてもらった事あったかも。僕は当時昼もdaoc playしてた廃人だったから、StormのPB groupにも良く混ぜてもらってました。Y E Sグループには当時BMを育成してたChatnoirさんも度々混ざってたから、今そのChatnoirさんが赤いBM(性能3倍w)として立ちはだかる展開というのは余計に熱く思えるわけです。

他にグループのsetupについて意見がまとまらなかったというのが三つ目。NahaさんがBM辞めてWardenを育て始めたのにも当時は異論が噴出しまくってました。今思えばWarden無しでRvR行くなんて自殺行為もいいとこだったワケですが。

後はやっぱりML8を終わらせてBodygaurdを取得してきたAlbに対して、ML1までしか取ってない&先に進めるつもりもほとんど無いY E S tankish groupではどうあがいても勝てないのではないか? というムードが漂っていたのが四つ目。

結局はToAを避けRvRしたくてMLFに来たのに、自分たちでもToA(Artifact/ML)を進めないと勝てないというのを痛感したということでした。そして誰もAnimistを作って無くて思うようにToAを進めていくイメージが沸かなかったのが決定的でした。やはりSpear of Kingsのあまりの鬱Drop率は今でもトラウマです。あの島にはもう近づきたくないw

時期も悪くてそれまで冷遇されていたCasterが、ToAボーナスで大化けしていくまさにその過渡期だったから、そんな頃にHib Tankishを理想として50hitさせてしまったのがまずかったというのもありますかね。それがNFの導入された今では散々Hib Tankishに手を焼いているというのが皮肉というか、面白いです。今やWardenはTWF+Bodyguard+spiritual resist buff(body/spi/ene)で超必須の時代。今こそY E S復活の時期ですよguys(ee-

で、MLF Hibではギルドでグループが組めない日が続いてメンバーのPop率も減少していったワケで、そんなある日Galahad Albに戻ってみたらKnightwatch(Mid)の強いギルドグループが2個も出てブイブイ言わせてるじゃないですか! それに長らく宿敵と見ていたHibのJPNギルドLan Duilの面々も他のゲームからGalahad Hibへ復帰という情報もあったし、これはもしかしてGalahadの方がよっぽどfg戦が楽しめるのでは、という感触を得て一気にほぼ全員がGalahadへ出戻りとなった訳です。僕もSNに入れてもらいました。

そのまさに最初の日のRvRの様子がこれです。…と思ったらリンク死んでました。feaiin.comでasuna_040313_merc_emain_vskw.wmvをダウンロードしてた方はそれを見ると良いです。SI装備OF best setup(Sor Theu Mer Mer Cle Cle Minst Pal) vs ToA装備を交えたMid Tankish(Savage Savage Skald Healer Healer Shaman残りはHealerとWarrior? Babakinny Kimmuriel Jeremy Zaniiといった懐かしいKWオールスターの面々)の熱い一戦。この日3度目くらいで唯一勝てた戦いです。相手Healerが1人LDしてるし!(ee-

この頃MidにNegativという鬼Darkness RM(rank10→11)がいて、そいつのDDのダメージは全部700超えてて狙われたら全員5秒以内で死ぬというとんでも無い経験をしました。ToA cast speedのcapは10%に引き下げられてたけど、resist pierceのcapはまだ25%だったから、friar buffのほぼ無いSNグループだと毎回マイナス補正ほぼゼロのダメージを叩き出されていたわけで。

結局ToAは避けて通れない、そしてToA装備を揃えたcasterは鬼の様に強くなれるという事を確信して、GalahadではToAにどっぷり籠もる事になりました。ホームサーバーの強みでPvE環境が整っていたというのは大きかったと思います。

Galahad出戻り直後からはTheurgistのPetパワーを生かして毎日毎日毎日毎日Artifact集めにScroll集め、ML RaidはVenlig & Angeという神Raid Leaderが居たのでそれに便乗して一気に10まで駆け抜けました。僕も2acc目にcleric botを作ってartifactのレベリングを1個20〜30時間かけて全部こなしました。Staff of God、Traldor's Oracle、Belf of Moon、Nailah's Robe、Crocodile Tears Ring、Cloudsong、Crown of Zahur、Ceremonial Bracer、Maddening Scalars、Tartaros Gift、そして苦労して取ったAtlantis TabletにJacina's Sash。SoGが30時間、Oracle + Croc Ring + Mad Scalarsはまとめてやって最後のMadを終わらせるまでに20時間、Nailah's Robeは25時間、Atlantis Tabletも25時間、J sashはYokinさんのuber 3accに混ぜてもらって15時間+最後ソロでの仕上げで5時間ほど。fullbuff pet持ちでPvE超得意な40body/36mindのsorcにしてこれだけ時間かかってたわけで、今思えばあり得ない程のマゾさ。

ML Raidも夜中2時出発朝10時終わりとかに参加してたから、当時は今以上に僕の世界の全てがdaoc中心に回っていた訳です。今でも十分daoc中毒者なんですが o_o


そしてArtifactの中で唯一やり残しているのがErinys Charm..!!
ワニ変身はもういらないから今度E-Charm取りに行きましょう。というかまだ1度も取ったこと無いから方法を良く知りません。みんなHelpヨロシクです|´ω`)ノ
| daoc diary | 11:11 | comments(3) | trackbacks(0) |
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コメント
Chatnoirにようやく幾つかArtifactが揃って、
SCもしていざRvRへ!という時代でした>Y E Sとご一緒
あれからもう一年なんでしたっけ・・・
色々話させて貰いつつやってましたね。
Zedan memの中にもMatex氏やSNを気にかけてた人が多かったので、
短い時期とは言え、ご一緒できたのは良い思い出です。
というかもうMLF Hibでの出撃はないんですか?w

といいつつもMLF AlbのRvR Guildの大多数が、
Japan serverに移動してしまった今、
Galahad Albの方々がいるお陰でRvRができてるのも事実です。
また是非熱い戦いをよろしくお願いします。
| Cellica | 2005/03/27 9:40 PM |
懐かしいですよねー。Y E Sは文字通り"Y E S"(deleted)状態なので多分復活は無いと思います。今のRvRもvs Albよりはvs Hibの方が熱い戦いが期待出来そうな環境ですし。へっぽこDruid(4L9)で良ければスパイとして混じって動きを参考にしたい気はしますが..w

実はお名前がフランス語で黒いネコって意味なのを知ったのは、当時たまたま一緒のグループにいた外人さんの誰かが指摘してたのをずっと記憶してただけなんです。

sor rr5を準備してお待ちしてます|´ω`)ノ
| cyrill | 2005/03/28 12:35 AM |
確かOFの頃のMMG付近をroam中のことですね>名前
あの頃はまだHarkparkとかもいたなあ。
| Cellica | 2005/03/28 2:50 PM |
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